
2024年2月に米国で発売され、同年6月には日本でも販売が開始されたアップルのゴーグル型デバイス「Apple Vision Pro」。
Apple Vision Proはその性能と価格で特に注目されましたが、同時に「空間コンピューティング」という言葉を持ち込んだことでも話題になりました。
本記事では「空間コンピューティング」とは何か、用語の意味から代表的なデバイスまでを解説します。
空間コンピューティングとは|バーチャル空間と現実空間をシームレスにつなぐ、3D表現が中心のコンピューティングの形態

空間コンピューティング(Spatial Computing)は、サイモン・グリーンウォルド(Simon Greenwold)氏が2003年にマサチューセッツ工科大学(MIT)に提出した論文が概念の基になっていると考えられます。
同論文では空間コンピューティングを「人間と機械の相互作用(インタラクション)であり、機械は現実の物体や空間への参照・保持・操作すること」と主張。
つまり、空間コンピューティングとは、現実空間にあるものでも、バーチャル空間にあるものでも、同じように触れたり操作したりできる技術のことで、この考え方に基づけば、XR(VR・AR・MR)で実現できることも空間コンピューティングの一部と言えます。
一方、『Spatial Computing: An AI-Driven Business Revolution』(未邦訳)の著者であるキャシー・ハックル(Cathy Hackl)氏は、空間コンピューティングの本質を「3D表現が中心となるコンピューティングの形態」だと定義しました。
空間コンピューティングとは何かについては、現状、上記の定義や考え方などから、現実空間とデジタル空間を融合するARやVRなどの技術の総称と言えるでしょう。
▽関連記事
「XR」じゃなくて「spatial computing」?
空間コンピューティングがもたらす3つのメリット
空間コンピューティングの実現がもたらすメリットは次の3つです。
- 日常空間のあらゆる場所からデジタル空間にアクセスできる
- スマートフォンやPCモニターなどの小さな画面から解放される
- 従来では体験できなかった新たなデジタル体験ができる
日常空間のあらゆる場所からデジタル空間にアクセスできる
空間コンピューティングは、現実空間とデジタル空間を境目なく、なめらかにつなげるため、デバイスやネットワークなど、アクセスする手段があれば、どこからでもデジタル空間にアクセスできます。
アクセスしたデジタル空間では、アプリなどの操作方法も立体空間に適したものになっており、現実空間で物を扱うのと同じような感覚で操作が可能です。
スマートフォンやPCモニターなどの小さな画面から解放される
空間コンピューティングでは、身の回りのすべての空間を利用できます。
5~7インチのスマートフォンはもちろんのこと、30インチ前後のPCモニターと比べても、映像やデジタル情報をより大きく表示できるため、「文字が小さい」「画面が小さくて映像の迫力に欠ける」などの視覚的ストレスを感じにくくなります。
従来では体験できなかった新たなデジタル体験ができる
空間コンピューティングでは、現実空間とデジタル空間の両方をフル活用した、デジタルコンテンツの作成と利用が可能です。
たとえば、現実にある物体とデジタル情報を重ね合わせ、専用の触覚デバイスを用いることで、デジタル空間にあるCGオブジェクトに疑似的な触覚を持たせられます。
Meta Quest 3用のMRアプリ「Hello, Dot」は、バーチャルペットの「ペリドット」を、疑似的になでたり抱いたりできます。
また、Diver-Xの「ContactGlove2」では、ハンドトラッキングとハプティクス(振動フィードバック)機能を持つグローブ型のVRコントローラーにより、没入感の高い体験が可能です。
将来的には従来の2Dコンピューティングではできなかった、視覚以外の五感にも作用するような体験を、誰でも体験できるようになるかもしれません。
空間コンピューティングの4つの構成要素

先で名前を挙げたキャシー・ハックル氏は、空間コンピューティングを構成する要素として大きく「ハードウェア」「ソフトウェア」「コネクティビティ」「データ」の4つを挙げています。
- ハードウェア
- ソフトウェア
- コネクティビティ
- データ
ハードウェア
VRゴーグル(ヘッドセット)やARグラスなどのHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を筆頭に、各種センサー、コントローラー、トラッカーなど、バーチャル空間にアクセスするためのハードウェア全般を指します。
【ハードウェアの例】
- VR/MRゴーグル(ヘッドセット)
- ARグラス
- 各種センサー
- 各種コントローラー
- 裸眼立体視ディスプレイ
- モーショントラッカー
- 触覚デバイス
- 360度カメラ
- 自動運転車・ロボット
ソフトウェア
空間コンピューティングに最適化されたUIや、UIを搭載するOSなど、バーチャル空間内で利用するアプリや、ハンドトラッキング・アイトラッキング用のソフトウェアなどもここに含まれます。
【ソフトウェアの例】
- OS
- ハンドトラッキングソフト
- アイトラッキングソフト
- ゲーム・アプリ
- SDK(ソフトウェア開発キット)
- ゲームエンジン(Unity、Unreal Engineなど)
コネクティビティ(デバイスやシステムのつながりやすさ)
コネクティビティとは、データ通信のためのネットワーク全般を指します。空間コンピューティングでは、3DCGなど、既存の情報(テキスト・静止画・動画)よりもデータサイズが大きくなるため、今まで以上に高速・大容量のデータ通信インフラが求められます。
【コネクティビティの例】
- 5G/6G通信
- Wi-Fi 6E/7
- クラウドレンダリング
- エッジコンピューティング
データ
空間コンピューティングデバイスの活用で得たデータは、それを保管するデータレイク(ローデータの保管場所)の設置や、保管されたデータを活用するための資源に変えるための加工や分析が必要です。
スマートフォンなどのモバイル端末からのデータ収集から活用にかかわった経験のある企業が、今後も空間コンピューティング領域でも活躍していくと予想されています。
代表的な空間コンピューティングデバイス
ここでは空間コンピューティングの代表的なデバイスを4つ紹介します。
- Apple Vision Pro
- HTC VIVE Focus Vision
- XREAL Air 2 Ultra
- Meta Questシリーズ(Meta Horizon OS)
Apple Vision Pro

(出典:Apple Vision Proが登場 - Appleが開発した初の空間コンピュータ|Apple)
Apple Vision ProはAppleが「空間コンピュータ」として発売しているデバイスです。
空間コンピューティングに必要なOS「visionOS」、VRとMRをシームレスに切り替える機能、高精細なディスプレイの表示能力などを備えています。
HTC VIVE Focus Vision

(出典:HTC、企業およびハイエンドゲーム向けにXRヘッドセット "VIVE Focus Vision" を発表|HTC NIPPON)
VIVE Focus Visionは、2024年9月に発表されたHTCのXRヘッドセットです。
高解像度ディスプレイ、広い視野角、高性能センサー群を備え、高品質なVR体験ができるXRヘッドセットで、製品説明で「空間コンピューティング」という言葉を使っています。
アイトラッキングやフェイシャルトラッキングなどの機能が搭載されており、より自然でリアルな仮想空間での操作が可能となっています。
XREAL Air 2 Ultra

(出典:XREAL 最新ARグラス「XREAL Air 2 Ultra」を発表|XREAL)
XREALの「XREAL Air 2 Ultra」は開発者向けのARグラスです。
ハンドトラッキングや、仮想オブジェクトを現実空間の特定の場所に固定配置する空間アンカー、仮想オブジェクトに現実の物体と同じような動きや見え方の情報を追加する、デプスメッシュ機能を搭載しています。
Meta Questシリーズ(Meta Horizon OS)

(出典:Meta Quest 3|Amazon)
VR/MRゴーグル(ヘッドセット)の代表格、Meta社の「Meta Quest」シリーズです。
初代Meta Questから用いられているOSである「Meta Horizon OS」は、「空間コンピューティングのために設計されたOS」であると説明されています。
▽販売ページはこちら
・Meta Quest 3
・Meta Quest 3S
▽関連記事
カラーパススルー対応VRヘッドセットの本命「Meta Quest 3」レビュー
空間コンピューティングはライフスタイルの未来の形
空間コンピューティングはXRデバイスだけでなく、ソフトウェアや各種データ、ネットワーク環境など、複数の要素が進化することで、より便利で使いやすいものになります。
現時点では、まだ空間コンピューティングの真価の一部しか体験できていません。
関連技術が進化することで、空間コンピューティングが私たちのライフスタイルに浸透する未来も、そう遠くはないでしょう。