MiRZA開発者に開発の舞台裏を伺うインタビュー。最終回の3回目はソフトウェア編です。
「XRデバイスのソフトウェア」と言っても、カバーする領域は実に広範囲です。ディスプレイやカメラ、各種センサーなどのハードウェアを制御するための組み込みソフト、UIやUXに関わるソフト、スマホ連携のためアプリなど実に多種多様。
しかもその出来栄えは、XRデバイスの使い勝手そのものを左右します。もちろんMiRZAにおいてもそれは同様。
MiRZAでは、ハードウェアとともにソフトウェアについても国内で開発が進められました。担当したのはNTTコノキューデバイスのソフトウェア開発チーム。それぞれがMiRZAにとって重要な領域を担当しました。
▽前回までの「MiRZA開発ストーリー」
・MiRZA開発ストーリー ~「XRの新体験」を創出した開発者たち~【第1回:企画・デザイン編】
・MiRZA開発ストーリー ~「XRの新体験」を創出した開発者たち~【第2回:ハードウェア編】
MiRZAソフトウェア開発のリーダーとして
MiRZAの性能を存分に引き出すため、開発すべきソフトウェアは多岐にわたります。そんなさまざまなソフトウェアの開発について、PM(プロジェクトマネージャー)として腕を振るったのが、NTTコノキューデバイス 商品企画部 主査の西 立司(にし りゅうじ)さんです。
西さんはもともとNTTドコモでスマホ関連の各種アプリケーション開発のPMを務めていましたが、2019年に同社が米Magic Leap社と資本・業務提携した際、その調整を進めたことがきっかけとなり、XRの世界に足を踏み入れました。
ドコモグループのXR事業戦略の黎明期から携わってきたエンジニアの1人です。
「MiRZAに組み込むソフトウェアをどういう機能にするかその方針を固めたり、ユーザーインターフェイスのデザインについてのハンドリングを行ないながらスマホ側のMiRZAアプリの企画、デザイン、開発にも関わったり、外部の開発ベンダーとの調整なども行ないました」と開発を振り返って西さんは言います。
開発で苦労したポイントについて意外な答えが返ってきました。
「MiRZAが無線オンリーのデバイスだったこと」(西さん)だと言うのです。
ご存知のようにMiRZAは完全ワイヤレスタイプのXRグラスです。ソフト開発のためには、まずデバイスとスマートフォン(スマホ)の接続を確立し、安定した通信状態を維持しなければなりません。
「しかし、試作機の段階ではなかなか安定しなかったんです」と西さんは振り返ります。
「ワイヤレス環境で画面表示に不具合があれば、その部分だけではなく通信に関わるソフトまで遡って検証する必要があり、トライ&エラーの繰り返しでした」
前例のない製品を世に送り出すまでの苦労がうかがえます。
UI開発では、従来のスマホアプリとは異質な部分があったと西さんは話します。
「一般的なスマホアプリは基本、1画面単位で画面が遷移しますが、MiRZAは大きな画面を同時に複数表示することができます。スマホより表示の自由度が高いので、ソフトの仕様を考える上で最初は苦労しました」(西さん)
さらに、MiRZAは表示に奥行きをもたせることができますが、現実空間とグラスで表示するものに大きなズレがあると、見たときに違和感が生じます。
その違和感をなくすため、仮のモック画面を作成し、デバイス上で実際どのように見えるか、確認・検討を繰り返したそうです。
西さんは完成したMiRZAについて、「MiRZA本体のソフトウェアや、スマホにインストールしていただくMiRZAアプリの完成度に注目していただきたいですね。基本アプリなのであまり強い個性は出さない“縁の下の力持ち”のようなアプリなのですが、日常でも違和感なく使えるように開発しました。使い込むほどに便利な“隠し機能”などもあるのでぜひ試してほしい」とその潜在的な魅力を語りました。
これまでにないデバイスに必要なチュートリアル
開発管理に加えてUIやUXのA/Bテスト、Google Playへのアプリ登録作業に伴う申請や利用規約の整理など、さまざまな形で開発に携わったのがNTTコノキューデバイス 商品企画部の町田 和嘉子(まちだ わかこ)さんです。
町田さんは、その中でもMiRZAの「チュートリアル」の開発について特に心を砕いたそうです。
「最初は『それほど難しくはないかな?』と思ったのですが・・・。自分にとっては分かりやすいチュートリアルのプロセスが、必ずしもユーザーにとって理解しやすいとは限らないことに気が付きました」と町田さんは言います。
スマホの場合は機種やOSが違っても、ユーザーはこれまでの経験から直感的に操作ができます。しかしXRグラスに初めて触れるユーザーにそれは通じません。
町田さんは「MiRZAの開発に直接に関わっていない従業員にテストをお願いして、直感的に操作方法を把握してもらえるよう工夫をしました。製品を手にしたらぜひチュートリアルもご覧いただき、MiRZAを存分に楽しんでいただきたいです」と話しました。
パートナーとの密な連携で完成に至った組み込みUI
MiRZAの開発で主に組み込み系ソフトを中心に開発を担当したのが、コノキューデバイス 設計開発部 主査 石野 達也(いしの たつや)さん。グラス内で表示する組み込みUIやカメラドライバーなどの開発を担当しました。
MiRZAはQualcommの「Snapdragon AR2 GEN1」を搭載することで、高度な機能を実現しています。
石野さんはそのQualcommが提供するXR開発プラットフォーム「Snapdragon Spaces」をMiRZAでサポートし、ソフトを開発できるように、組み込みUIの対応や不具合解消といったことも担当しました。
もともと石野さんはシャープでスマホ開発に携わり、カメラドライバー、Androidフレームワーク、アプリなどの各種ソフトウェアの開発を手がけていました。
「Androidスマホにはアプリ開発のための『Androidフレームワーク』がありますが、MiRZAはそこから独自に作る必要がありました。そのため、Qualcommの担当者と密に連絡を取り合いながら開発を進める日々でした」と石野さんは言います。
「また、組み込みUIの開発はスマホのUI開発と異なり、デザイナーが手掛けたUIを実際にグラスで表示してみると見え方が想定通りにはいかないことが多々あり、ユーザー目線で認識しやすいように調整を重ねました」(石野さん)
石野さんらがQualcommやUI・UXデザイナーとのやり取りを根気強く重ねることにより、MiRZAのソフトウェアが作り込まれていきました。
そんな石野さんはMiRZAについて特に、ハンドトラッキング機能に自信があると語ります。
「MiRZAでアプリを使ってハンドトラッキング操作をしていただくと、ほぼ自分の手を使っているような感覚でAR空間での操作が実感できます。ユーザーはもちろん、アプリ開発者にもぜひ体験してほしいです」(石野さん)
6DoFの精度を高める地道な調整、そして・・・
「経験の浅かった私が、MiRZAの開発チームに加わることで一貫した製品づくりに携われたのは非常に大きな経験でした」と話すのは、NTTコノキューデバイス 設計開発部の山﨑 隆司(やまさき りゅうじ)さん。
山﨑さんは、MiRZAの重要な機能の1つであるカメラに関係するソフト開発を担当しました。2022年、シャープに入社し半年ほどスマホ開発に関わった後、MiRZA開発チームにジョイン。
「広島にある開発拠点で、MiRZAに搭載されるカメラのキャリブレーション(正常に作動するよう調整すること)を繰り返し行いました。中央のRGBカメラと左右のモノクロカメラを同時にキャリブレーションするのは時間がかかります。でもこの工程を経ることで製品版の6DoFの精度が良くなるんです」(山﨑さん)
高さ約2mほどもあるロボットにMiRZAの試作機を持たせ、輝度や画質を調整しながら繰り返しキャリブレーションを行なったそうです。
さらに、「お客様利用時に発生しうる現象を記録するため、試作機を装着して長時間、頭を振り続けるという“苦行”も経験しました(笑)」(山﨑さん)と貴重な体験も話してくれました。
幾多の調整を重ねて生まれたMiRZAについて山﨑さんは、「カメラの画質の良さとAR空間での安定した画像表示を見てほしい」と話しました。
MiRZAはさらに進化し、XRの未来は切り開かれる
それぞれの開発シーンでさまざまな経験を得た皆さんですが、MiRZAの開発を通じてどのような学びや気づきを得たのかを聞きました。
チームを主導した西さんは次のように語ります。
「私はこれまで企画や戦略検討など色々な立場からXRのプロジェクトに関わって、それなりの知見があると思っています。ただ今回、MiRZAの開発現場で、言わば“泥臭く”関わることで、XRならではの開発の難しさを体験することができました」(西さん)
さらに西さんは、XRデバイスの開発にはさらなる知見が必要だと実感したそうです。それらを踏まえながら、「今後もMiRZAの操作性の改善に務めたい」と強く語りました。
もともとはNTTドコモの社内システムの開発に関わっていた町田さんですが、MiRZAのソフト開発チームに参加したことで、製品を作り込む醍醐味に触れることができたと言います。
「社内システムは、凝ったUIよりも従業員が利用する”機能面”をより重視する面もあります。でも今回、コンシューマーに向けた製品であるからこそUIの難しさがあることを実感しました」(町田さん)
町田さんは、「将来的にMiRZAやXRデバイスが現在のスマホのように、一般的で身近な存在になってほしい」と語ります。
ところで開発期間中、MiRZAの試作機は外観や仕様を変えながら一定期間ごとに造られ、ソフトウェア開発チームの元に届いたそうです。
石野さんは「初期の頃は全くグラス型ではない基板だけの試作機でした。それでソフト開発や動作確認を繰り返し、ある程度の目処がついた頃、次の試作機が届いたらソフトも再調整し・・・」と苦労を振り返ります。
しかし「そういった繰り返しの中で、『これは自分たちで解決できるか』それとも『他部署やパートナーに協力を依頼するか』の判断など、開発における課題解決力を磨くことができた」(石野さん)と話します。
石野さんはまた、「今後、MiRZAを使用したアプリケーション開発者たちのコミュニティが形成されていくはず。その盛り上がりにも期待している」と語りました。
山﨑さんは次のように言います。
「商品開発に携わるスペシャリストが集結した場で、開発中に意見交換も盛んに行いました。そこで多くの知識を得ることができました。今後も幅広い知見を得ながら、最先端の製品に関わっていきたいと考えています」(山﨑さん)
3回に分けてお届けした「MiRZA開発ストーリー ~『XRの新体験』を創出した開発者たち~」、いかがでしたか?
【第1回:企画・デザイン編】で石丸さんは、「全社がワンチームとなってMiRZAの企画を磨いた」と語りました。
「初めてだらけ」の中、手探りで、寸暇を惜しまず、全員が「MiRZAをリリースする」という1つのゴールに向かっていきました。
こうして生まれたMiRZAはたくさんの人たちに、便利で豊かでワクワクするような「XRの新体験」を提供していくことになるでしょう。
そして、それを支えたのは「XRで広がる未来を見てみたい」と願う、開発者たちの強い思いなのでした。
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