NTTコノキューデバイスのXRグラス「MiRZA」は、本体が約125gと軽く、スマートフォンと無線接続ができ、空間認識による6DoF表現ができるのが特徴。
軽快な掛け心地と高性能を両立しているという意味で、MiRZAは現在発売されているXRグラスの中でも突出した存在といえるでしょう。
そこで今回「MiRZA開発ストーリー ~『XRの新体験』を創出した開発者たち~」と題し、3回に分けて話を聞きました。
これは、ゼロからイチを生み出した人たちの努力と挑戦の物語です。MiRZAの意外な魅力、開発のアプローチについてもご紹介しているのでお楽しみに。
それでは【第1回:企画・デザイン編】から参りましょう!
通信キャリアが自ら初めて開発したXRグラス
現在、さまざまな分野でXRが注目を浴び、導入事例も増えつつあります。XR市場が広がりつつあるのです。
しかし、市場はまだ萌芽期にあります。小さなその芽をふくらませ、大きく育てていくためには、デバイスメーカーやソフトウェアメーカー、そして通信キャリアなど、さまざまなプレイヤーが力を合わせなければなりません。
そんな中、設立されたのがNTTコノキューです。同社は、NTTグループの顧客基盤、営業基盤、技術力など各種アセットを活用し、人と人、仮想と現実をつなぎ、新しい価値と体験を提供するために設立された会社です。
さらに、XRのサービスを提供するためにはデバイスが必要不可欠です。しかし、軽くて気軽に装着できて、装着中も煩わしさを感じさせない製品は当時まだありませんでした。そこで、自ら理想のXRデバイスを開発するためにNTTコノキューデバイスが設立されました。
こうしてコノキューグループ(NTTコノキュー、NTTコノキューデバイス)は、ドコモグループの中でXR事業の先鋒役を担う形になりました。
この一連の流れの中で、MiRZAへとつながる商品企画を担うことになったのが、NTTコノキューデバイス 商品企画部 主査の石丸 夏輝(いしまる なつき)さんでした。
石丸さんは2021年頃から、NTTドコモでグラス型軽量ディスプレイグラスの試作機の企画をしており、MiRZAにつながる商品企画や技術などに対する土地勘があったのです。
MiRZAの商品企画の初期を振り返って石丸さんは、「とにかく『グラスを通して見ることの価値とは何か?』を徹底的に議論した」と言います。
XRグラスの存在意義のところから話し合ったのです。
「ワンチーム」となって商品企画を磨いた
例えば映像を見る場合、XR技術を使えばスマホやタブレットをはるかに超える大画面で映像を見ることができます。
「ただ一方で、単純に大きく表示するだけで価値があるのか、人を豊かにすることができるのかといった具合に価値を突き詰め、見極めていきました」(石丸さん)
さらに石丸さんは、「商品企画のプロセスは部署の壁を越えて、さまざまな人の協力を得て磨いた」と強調します。
「商品企画部といっても数人しかいないので、設計開発部門に意見を求めたり、他部署の人たちにアンケートに答えてもらったり――」(石丸さん)
全社がワンチームとなって商品企画を磨いていったそうです。
「初めてだらけ」だからこその「生みの苦しみ」
上流工程の商品企画を固めたうえで、プロダクトデザインや設計開発などの下流工程に進む訳ですが・・・。「河が流れるようにスムーズに」とはいかなかったようです。
「例えばスマートフォン(スマホ)の商品企画をする場合、既存の商品に対し『ここを改善しよう』と目標を立てることができますが、XRデバイスにはベンチマークがなく、全く新しいものをゼロから検討していかなければならないので、時間がかかったり後戻りが発生することが多かったです」(石丸さん)
というわけで、ここもまたワンチームで進めていく必要がありました。
設計開発部門から「この仕様を実現するのは難しい」と相談を受けることも多々ありました。そこで石丸さんが自ら調査し、「こんな技術があるけれど、どうだろう?」と提案し、一緒に解決法を探ることもあったと言います。
ちなみにMiRZAの特徴の一つであるLetinARのレンズを採用したのも、このようなやりとりの結果だそうです。おかげで光学部・レンズ回りの厚みが抑えられ、メガネらしいスタイルを実現することができました。
掛ける人に負担を感じさせないXRグラス
ゼロからのものづくりで、時間がかかったり後戻りが発生したり――。そうなると、1つのことをやるのにより多くの手間や時間がかかり、場合によっては組織の中に混乱が起きたりするものです。
そんな中で石丸さんが貫き通したのは「人に負担をかけないデバイス」であること。そのために「見た目、重さ、そして6DoFを使って仮想のコンテンツも現実かのように見せること」(石丸さん)だったと言います。
「実は『6DoFをあきらめよう』という話も何度かありました。MiRZAは3つのカメラで空間認識をするのですが、カメラを3つも搭載すると、もうそれだけでメガネのような見た目から遠ざかり、重さも増えるんですね」(石丸さん)
メガネのような見た目と軽い掛け心地を実現しながら、6DoFを実現する――。
相反するこれらの条件をあきらめず、粘りに粘って形に落とし込んだのがプロダクトデザイナーでした。
▽関連記事
3DoFと6DoFの違いとは?【知っておきたいXRの専門用語】
独自のアプローチでメガネらしさを追求
「MiRZAを一番最初に形に落とし込んだ『原理試作品』は、メガネと呼ぶには程遠いものでした。それを少しずつメガネに近づけにしていくのが私たちプロダクトデザイナーの仕事でした」とNTTコノキューデバイス 商品企画部 主査の淺野 達哉(あさの たつや)さんは振り返ります。
詳しくお話を伺うと、素人がパッと見ても気づかない、しかし商品の質感やイメージを左右する「技」の数々が散りばめられていることが分かります。
例えば「つる」の形状。水平方向に平板になっており、真上から見ると太く見えますが、真正面や真横、つまりMiRZAを掛けている人を見たとき、つるは細く見えます。
実は当初のデザインでは、つるは縦方向に平板な形だったそうです。他社のXRデバイスにもつるは縦方向に平板なものが数多くあります。内部の構造上もこの方が作りやすいのだそうです。
しかし、「サングラスなら縦方向に平板でも自然ですが、メガネのように普段掛けるものとしては違和感があります」(淺野さん)。
あくまでメガネらしさにこだわろうと、デザインを見直すことになりました。
(出典:軽量・ワイヤレス・高性能な、国産XRグラス「MiRZA」を10月16日より発売|株式会社NTTコノキューデバイス)
さらにMiRZAを正面から見たとき、2つのレンズの間の上側、いわゆるブリッジ部分にくぼみがあります。
メガネとしては普通の形ですが、実は初期のデザインではこのくぼみがなく、「正面から見ると上が一本の曲線でゴーグルのような形をしていた」(淺野さん)そうです。
というわけで、よりメガネらしい形に近づけるため、正面中央のブリッジ部分にくぼみをつけることになりました。
そうはいっても、実はレンズ上部には映像を投影する、XRデバイスの要となる部品が入っています。
部品の配置も配線もとてもシビアで、「くぼみをつける」というひと言では表せない苦労がここにはありました(【第2回:ハードウェア編】ではその時の苦労が語られます)。
カラーリングにも秘密が満載
カラーは当初、ブラック、ブラウン系ブラック、ブルー系ブラック、ツートーンなども検討したそうです。
「メガネ業界のトレンドも調査し、ビジネスシーンで使うことを想定した結果、大枠としてはマット調のブルーブラックに落ち着きました」(淺野さん)
しかしメガネと同じ色にしたところ、それはそれで違和感が生じたのだそうです。
「やはり通常のメガネよりはボリューム感があるので、それをどう抑えるか考えなければなりませんでした」(淺野さん)
確かによく見ると、MiRZAは黒一色ではありません。
真上から見ると本体前面は、より青みがかった黒。そこから後方からつるにかけては、輝度の高いグレーブラックです。
「どうしても厚みが出てしまうレンズ回り(「リム」と呼ばれる部分)は、前と後ろで微妙に色を分けることにより、ボリューム感を軽減しました。さらに、後ろからつるにかけて輝度の高い塗料を使うことで、光が当たったとき、ハイライトが強めに浮かび上がるようにしました。これもボリューム感の軽減に寄与しています」(淺野さん)
さらに、つるが屈曲する部分から後ろの方にも秘密があると言います。
「ここはTR90という通常のメガネにも使われる屈曲性のある樹脂を採用しています」(淺野さん)。
おかげで着脱がしやすく、良好なフィット感に仕上がっています。
人に寄り添う、心に響くデバイスを
MiRZAの開発を通じてお二人はどのような学び・気づきを得たのか、そして、技術者として今後どのようなことにチャレンジしていきたいかを聞きました。
「人が身に付ける“メガネ”をデザインした技術者は社内にいません。そのノウハウを得ることができたのは大変有益でした。今後、ウェアラブルデバイスの開発に携わる際、今回の経験・知識を活かせると思います。あとデザイナーとしては今後、MiRZAのようなBtoB製品以外にも、老若男女がXRに親しむことができるデバイスを色々手掛けてみたいですね」(淺野さん)
「XRグラスの製造ノウハウを持つ事業社は数少なく、今回、独自に確立できたことはとても大きいです。さらに今後、MiRZAを使ってくださるユーザー様から『生の声』を頂戴し、今後の製品に役立てることができるでしょう。これは、コノキューグループがXR事業をさらに切り拓いていくための貴重な財産になると思います」(石丸さん)
ところで今回の開発で、商品企画やデザインのメンバーが在宅勤務で、自宅からネット経由で会議に参加することもよくあったそうです。
在宅勤務の意義やメリットについてはここで語るまでもありませんが、今回のMiRZAの開発のように、ゼロからイチを生み出すプロジェクトで議論をするためには、不足を感じたそうです。
「現在のウェブ会議システムやメッセンジャーでは何かが伝わらないんです。やはり重要なことはリアルに会って話さないとダメなんだと“今回は”思いました」(石丸さん)
しかし、物理的に遠く離れていても「グラス」を掛ければ仲間と膝を突き合わせているかのように話ができる――。XR技術の先にはそんな未来が待っているはずだと石丸さんは言います。
それが実現する日は、そう遠くないのかもしれません。
次回は【第2回:ハードウェア編】をお送りします。お楽しみに!