大手総合建設会社の鹿島建設株式会社(以下、鹿島)は2024年7月から工事現場で働く人たちに安全教育を行うため、“移動式”安全体感施設の運用を始めました。話によると1台のトラックに安全教育のためのさまざまな装置を積み込んで全国を走り回るのだとか。
そのトラックにVRを活用した装置が搭載されているそうです。同社 安全環境部 教育訓練グループ長の山口 盛治(やまぐち せいじ)さんに詳しくお話を聞きました。
中型トラックに9つの装置を搭載
今回、鹿島が導入した移動式安全体感施設「Kajima Safety Caravan」(カジマセーフティーキャラバン)は全長9.37m、車両重量1万950kgの中型トラックです。
「中には9種類のコンテンツ(安全教育のための装置)が搭載されています。例えば安全帯で空中に吊り下がった状態を“実体験”できる装置や、通電している箇所に誤って触れて感電したときの刺激を体感できる装置、高速回転する『Vベルト』に手・指を巻き込まれる事故を疑似体験できる装置などです」と山口さん。
このような、受講者が体験したり触れたり観察したりできる装置に加え、今回の話の目玉である「VR安全体感教育装置」が搭載されています。受講者がVRヘッドセット(VRゴーグル)を装着した状態で「3軸VRシミュレータ」の上に立ち、さまざまなコンテンツを体験するというものです。
VRヘッドセットは「Meta Quest 3」、3軸VRシミュレータとVRコンテンツは明電システムソリューション株式会社のものを使用しています。
このうち3軸VRシミュレータが、コンテンツの没入感を高めるための重要な役割を担います。
「VR映像に連動して3軸VRシミュレータの足もと(モーションプレート)が動くんです。例えば『移動ハシゴからの墜落』というコンテンツでは、歩いたり、はしごから墜落したときの映像に合わせて、足もとが揺れたり傾いたり衝撃を発したりします」(山口さん)
VRなのでもちろん危険はないのですが、これは迫力がありそうです。
コンテンツはインタラクティブな要素も持ち合わせています。先ほどの「移動ハシゴからの墜落」でいうと、最初、床に置いてある工具入れを拾う場面があり、アナウンスに従ってコントローラーを持つ手を床に伸ばすと、受講者は工具入れを拾うことができます。
さらに、はしごを昇る直前、工具入れを「引き上げロープ」に掛けるよう再びアナウンスがあります。“両手を空けてはしごを昇る”という正しい動作を、受講者は学べるようになっているのです。
VRコンテンツは38種類あり、そのうち27のコンテンツが3軸VRシミュレータに対応しています(2024年7月現在)。
「移動ハシゴからの墜落」の他にも、溶接作業中に火災を起こしてしまったり、高所から工具を落として仲間に怪我を負わせたり、目の前で粉塵爆発が起きたり、クレーン事故に巻き込まれたり・・・。実際に起きてはならない事故をVRで体験することができます。
「Kajima Safety Caravanを全国各地の工事現場に走らせ、協力会社の技術者・技能者の皆さん、特に建設業界での経験がまだ浅い方々に向けて安全教育を提供してまいります」と山口さんは言います。
「危険感受性」をVRで研ぎ澄ます
従業員や協力会社社員の安全を確保するのは建設会社として当然のこととはいえ、これほどまで徹底して安全教育に力を入れるのはなぜなのでしょう?
「実は、危険感受性の低下という課題があるんです」(山口さん)
危険感受性とは個々人が危険を察知する感覚のこと。昨今、この感覚が低下する傾向にあるというのです。
建設業における労働災害の発生件数は、30年前と比べて7割以上減少しているそうです。工事現場の安全管理や安全教育を徹底した結果であり、それはそれで大変良いことなのですが、反面、現場の人たちが危険を察知する感覚は薄れてしまったという訳です。
「ベテランは現場をパッと見て危険をあらかじめ察知できるものです。しかし、経験が浅い人たちに、その感覚を座学やビデオによる教育だけで身に付けてもらうのは難しい」(山口さん)
危険感受性を磨くため、没入感あふれるVRコンテンツが活用されているのです。
さらにもう一つ、VRならではの良さがあると山口さんは言います。それは内容がアップデートされること。
「VRコンテンツはサブスクリプションサービスを利用しており、常に最新版をダウンロードして使うことができます。コンテンツも増えていく予定です。装置を入れ替えたり、リニューアルしたりするのは大変ですが、VRコンテンツなら簡単にできます」(山口さん)
サステナブルな経営のためにも事故撲滅を目指す
ふと、油断したときに事故は起きるもの。
「だから安全教育は何度でも、さまざまな形で伝えていくことが大切」と山口さんは言います。
鹿島が施行する工事現場では原則毎朝、朝礼が行われ、その日の作業内容を確認したり、危険な箇所・安全な箇所を確認したりしています。毎月、協力会社のマネジャーを集めて「災害防止協議会」を開き、工事の安全対策について具体的に依頼することもあります。
さらに、月に一度「安全大会」と称し、安全への取り組みが優秀な人を表彰する取り組みも行っています。
「Kajima Safety Caravanも、このようなさまざまな安全教育の一つの柱にしていきたい」(山口さん)
建設会社に限った話ではありませんが、昨今は企業の安全対策について、社会の目がより厳しくなっているという側面もあります。
鹿島はサステナブルな経営のためにESG、つまりEnvironment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)の改善に向けて取り組むことを表明しています。その中で、労働災害・事故の撲滅のための活動を推進することを明確にうたっています。
「ESGの“S”。当社の従業員や協力会社の技術者・技能者の皆さんが安全に働ける環境を用意する社会的責任が当社にはありますし、工事現場周辺の地域の皆さまに安心・安全を感じていただけるような現場運営をしなければなりません。さらに“E”。人の事故以外にも、有害物質の流出防止など環境対策も重要です。発注者さまに鹿島を選んでいただくためにも、私たちは安全対策を徹底してまいります」と山口さん。
その安全対策のため、全国を走るKajima Safety Caravanが、そしてVR安全体感教育装置が、力を発揮していくことでしょう。