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東京大学バーチャルリアリティ教育研究センターってどんなところ?

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突然ですが皆さん、「東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター」(通称、VRセンター)という組織があるのをご存知でしょうか?

国内最難関といわれる東大の組織で、名前に「バーチャルリアリティ」という言葉を冠しているとは――。いったい何を目指し、どんな活動を行っているのか気になります。

同センターでセンター長を務める東京大学大学院情報理工学系研究科 教授の相澤 清晴(あいざわ きよはる)さんにお話を伺いました。

VRは学際的・総合的アプローチが必要

「センターについて説明する前に・・・」と相澤さんが話してくれたのは、バーチャルリアリティ(VR)という言葉の定義についてです。この言葉の意味とVRセンターの設立意図に深い関係があるというのです。

「VRは一般的に『仮想現実』と訳されます。ただ、英語のvirtualは本来、『事実上の』『実質上の』といった意味であって、学問的にも『実質的な現実』と訳す方が正しい」と相澤さんは指摘します。

VRは、人と情報世界を密に結合して“実質的な現実”の経験を目指す領域であり、その“実質的な現実”を、人に感じさせる技術のことです。つまり“仮想”ではないんですね。人を扱う領域でもありますから幅広く、学際的で総合的なアプローチが必要です。東大のような総合大学で取り組むのにふさわしい分野ということができます」(相澤さん)

確かに、技術面にフォーカスすればシステムやデバイスについての研究が際立ちますが、メタバースといったコンテンツの世界に着目するならコミュニケーションも研究テーマになりますし、心理学、医学、あるいは人文科学や教育、産業の視点からの研究もあるでしょう。

VRの研究は、人の感覚や動きについての研究、メタバースをはじめとするシステムの研究など、実に幅広く学際的・総合的です。(相澤 清晴 教授 提供)

実際、2018年2月に同センターが設立される前から東大では先導的なVR研究が各研究室で行われていましたが、その成果は学内に分散していました。そこで各組織をつなぐための組織が必要となり、VRセンターが設立されたという訳です。

ちなみに活動の第1期(2018年2月~2023年1月)は情報理工学、工学、医学、人文社会など7部局(学部や研究所)が連携する形で運営されていましたが、第2期(2023年5月~)は新たに教育、農学、情報基盤が加わり、10部局の連携体制へと発展しています。

「ハブ」として機能しつつ東大の“VR化”を進める

VRセンターの活動について相澤さんは、「大前提として最大の役目は“ハブ”になること」と強調します。学内に散らばる研究者間で情報連携を取りやすくする組織としてはもちろん、学外の企業や組織から問い合わせがあった際に適切なところへつなぐ役割も果たします。

その大前提のもと、同センターではさまざまな活動をしています。例えば、コロナ禍で対面講義ができなかった時期には、実験的にVRやメタバース内で講義を行う取り組みを実施しました。

雨宮 智浩 教授を中心としたVRセンターのメンバーは、複数のメタバースプラットフォームや3D素材を利用し、Zoomのようなウェブ会議システムで講義を行った場合と比べて、学生の振る舞いがどう異なるかという検証も行いました。

コロナ禍というピンチを逆手にとり、VRを活用しながら研究活動にまで結びつけたのです。

学内で開かれるシンポジウムに際して、VRセンターがVR空間を構築・運用し、東大総長からの要望を受けて総長講演をVRで実施したこともあります(2022年1月)。

「この時はオープンソースのメタバースプラットフォームである『Hubs』で作ったVR視聴会場に、580人の視聴者を集めました」(相澤さん)

さらに2022年の4月には、学生中心で制作されたバーチャルワールド「バーチャル東大」を、VRセンターで構築・運用するメタバースに導入しました。まだコロナ禍で活動が制限されている中、そのプラットフォームを使って、VR空間で大学新入生のサークルの新歓活動が行われました。この取り組みは2023年以降も続いています。

今回お話を伺った相澤 清晴さん。

メタバースに関心を持つ企業との連携も開始

教育や講義での利用を目的とするVRプロジェクトを学内(VRセンター以外の各部局)から公募し、支援する取り組みもあります。2019年から始まったこの取り組みでは数十もの案件が採択・支援されています。

例えば、農学部が小動物の外科手術のビジュアル教材をつくってその教育効果を検証したり、数学科が「VRで4次元を体感する」システムを開発したり、VRで“疑似盲導犬”を体験するシステムをつくるなど。ちょっと見てみたくなるような、興味深いものばかりです。

VRセンターの活動は学内だけにとどまりません。2023年6月から「メタバースラウンジ」という活動を開始し、企業と学内をつなげる活動も進めています。

「メタバースに関心を持つ協賛企業を募り、情報共有や連携の醸成につなげる目的で始めました」と相澤さん。

メタバースとVR技術に関するセミナーや、協賛企業の先進的な取り組み紹介してもらう「メタバースラウンジ発展セミナー」を2カ月に一度開いたり、協賛企業を含むメンバー同士の交流会を開いたりしています。

VRの研究者と、VRの社会実装に取り組むビジネスパーソンが交わる貴重な場になっているようです。この他にも、学生中心のXR制作体験であったり、未来のVR領域を担う学生が研究を発表し議論するドクトラルシンポジウムであったりと、毎月なにかのイベントを行っています。

学外との連携という点ではさらに、企業による寄附講座や、社会実装に向けてさまざまな企業の寄付で成り立つ寄付研究なども展開しています。

第2回メタバースラウンジ発展セミナー(2023年9月26日開催)で登壇した相澤さん。発展セミナーはラウンジメンバーのみのイベントで、毎回、リアル会場・オンライン会場で、それぞれ40名程度が参加しています。(相澤 清晴 教授 提供)

VRの最先端研究を社会実装する日を目指して

ところで、VRセンターの研究室では具体的にどのような研究をしているのでしょうか? 一例として相澤さんご自身の研究を教えてもらいました。

相澤さんはもともと映像を中心としたメディア処理の研究が専門で、最近は実写の360度映像を用いた街中のVR空間化に取り組んでいます。文字通り360度の映像をつなぎ合わせることでバーチャルに(つまり実質的に)街中を歩くことができるシステムです。

「従来のVR空間は静止画をマッピングしてモデリングしていくため、多大なコンピューティングリソースと手間が必要で、その割に写実性は低いという課題がありました。その点、実写映像をもとにしたVR空間は映像を撮るだけでよいので、モデリングが不要で計算量が少ない。つまり、“軽い”上に写実性も高いのが特徴です」(相澤さん)

パッと見たところ「Google ストリートビュー」に似ていますが、Googleストリートビューで表示されるのは360度の静止画であるのに対し、相澤さんの手法は360度の動画です。実際に見せてもらいましたが、動画の方が高い没入感が得られると感じました。

相澤さんはこのような「ムービーマップ」を構築するとともに、その空間にアバターを導入した“実写版メタバース”も制作。さらには国土交通省が進める3D都市モデルプロジェクト「PLATEAU(プラトー)」とも連携させています。

こうした研究は、防災や観光など多様なシーンで実用化できる可能性があります。

相澤さんが取り組んでいる「ムービーマップ」(左)。360度映像(動画)が表示され、実際に街を歩いているようです。さらに、ここにアバターやオブジェクトを組み込んで“実写版メタバース”を構築することができます(右)。(相澤 清晴 教授 提供)

「現在のVR研究はプロトタイプ作りにとどまるものがほとんどです。しかし、そこで終わらず社会に広がるものが生まれてくるように、VRセンターが連携のハブとなり、VRの広がりを後押ししていきたいと思います」と相澤さんは言います。

「例えば、プラットフォームの部分でも、大学などの教育機関で、活用・維持可能なメタバースを構築し、オープンソースとしてコミュニティに提供し、活性化していきたいですね。実際、伊藤 研一郎 助教を中心にセンターのメンバーは、メタバースのオープンソースとしてHubsを進展させたものを構築しています」(相澤さん)

先進的な研究とアイデアが次々と生まれる大学だからこそ、VRセンターが学内外をつなげる意義は何倍にも膨らみます。VRセンター発の世界を驚かせるソリューションに出会える日が待ち遠しい限りです。

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