ひきこもりとは、さまざまな要因の結果として社会的参加を回避し、6ヵ月以上にわたっておおむね家庭にとどまり続けている状態を指します。2023年に報告された内閣府調査によると、国内でひきこもり状態にある人は15~64歳の約2%にあたる推計146万人いるとされ、大きな社会問題となっています。
その解消に向けて大塚製薬株式会社との共同事業「FACEDUO(フェイスデュオ)」で、VRを活用したユニークなサービスを提供しているのが株式会社ジョリーグッドです。事業開発マネージャーである佐々木 理人(ささき まさと)さんにお話を聞きました。
「ひきこもり家族」をVRで支援
今回、話を伺うサービスは「ひきこもり家族支援VR」と呼ばれるものです。
「その名の通り、ひきこもり当事者ではなく、ひきこもり当事者と生活を共にする親など、ご家族を支援するためのサービスです」と佐々木さん。
本サービスは全国のひきこもり支援を行う相談機関や施設などに導入され、ひきこもり当事者と暮らすご家族に向けた支援プログラムに組み込んで使われることを想定し、作られています。
利用の際に必要な機材はVRヘッドセット(VRゴーグル)と、相談機関や施設などの支援者がVRヘッドセットの操作に使うタブレット端末の2つ。ひきこもり当事者と暮らすご家族がVRヘッドセットを装着し、さまざまなコンテンツを体験し、学んでいきます。
細部にまでこだわった実写360度映像
VRコンテンツは360度の視界が得られる実写映像。VRヘッドセットで見ると、映像空間に入り込んだかのような感覚になります。
「全てのコンテンツは『状況体験』『工夫発見』『実践練習』の3つのパートで構成されています。初めにひきこもり当事者とのコミュニケーションにおいてよくある失敗事例を体験し、次に改善に向けてどのようなポイントが重要であるかを学び、最後にVRを見ながら実際に適切なコミュニケーション方法を練習するという流れです」(佐々木さん)
例えば「自分の気持ちを伝える」というコンテンツの状況体験パートでは、まず、ひきこもり当事者の視点から“当事者の部屋を訪れた親の姿”を実写360度映像で見ます。
親は子供(ひきこもり当事者)に対し、つい感情的に、一方的に話してしまい、最後は子供の反発をかいます。これを見て「自分とまったく同じだ・・・」「子供からこんなふうに見えていたのか・・・」と気づきを得る人が多いようです。
次の工夫発見パートでは親が子供に歩み寄り、おだやかな口調で相手の話を聞き出そうとする様子が映し出されます。臨場感あふれるVR上で両者を見比べることで、ひきこもり当事者に対しどのような接し方が適切か、実感を伴いながら学ぶことができます。
さらに実践練習パートでは、VRコンテンツを見ながらひきこもり当事者に対し、実際に声かけの練習をします。その際、VR体験者の顔の向きを読み取る「視点ログ機能」により、ちゃんと相手(子供、ひきこもり当事者)の目を見て話しているかどうか記録されます。
ひきこもり支援施設などの支援者とのセッションを挟みながら、これらのコンテンツで、ひきこもり当事者の社会参加を促すためのコミュニケーション方法を学んでいきます。
すべてのコンテンツは九州⼤学医学研究院精神病態医学分野 准教授(ひきこもり研究ラボ@九州⼤学 代表)加藤 隆弘 医師が開発・監修しています。
本サービスは2024年2月にリリースされましたが、評判はどうでしょう?
「販売パートナーである大塚製薬株式会社による普及活動のもと、全国のひきこもり相談機関や施設で導入が始まっています。特に、ひきこもり当事者の視点に立って親がやってしまいがちな対応やコミュニケーションを伝えるコンテンツは、『まさに自分の写し鏡を見ているようで学びが多い』との声を多くいただいています」(佐々木さん)
VRならではのメリットが他にもあると佐々木さんは言います。
「ひきこもり当事者とのコミュニケーションにおいては声がけの内容といった『言語コミュニケーション』だけでなく、当事者と対話する際に適切な物理的距離をとるといった『非言語コミュニケーション』も大事です。VRであればこの『言語コミュニケーション』と『非言語コミュニケーション』の両方を同時に体験ベースで学べるというのが利点です」
ちなみにVRを活用したひきこもり支援サービスで、「“家族”の支援にフォーカスしたVRサービスは世界初」(佐々木さん)なのだそうです。
ひきこもり支援を目的としたサービスは他にもありますが、いずれもひきこもりの当時者がインターネット上の仮想空間にアクセスし、自分の分身(アバター)を操って他のアバターと交流するなどして社会参画を促すものになっています。
VRは課題解決のためのツール
ところで、「VRはあくまで手段」だと佐々木さんは言います。本サービスのゴールはあくまで、ひきこもりの当事者が社会に復帰すること。そのため、VRによるリアルな映像づくりの他にも、支援現場の課題を把握し、その解決策を考えることを大事にしています。
「現場をよく知る監修の医師へのヒアリングを何度も重ね、実際の支援現場にも足を運び、そこで行われる支援の様子を研究しながらサービスの設計・開発を進めました。例えば、ひきこもり支援を行うことができる十分な経験をもった支援者が全国的にまだ少ないということも分かったため、支援プログラムの進行をサポートする支援者向けマニュアル開発も行いました」(佐々木さん)
ここでジョリーグッドの成り立ちについて触れておかなければなりません。同社は2014年、もともとエンタメ向けのVR制作会社として始まりました。ですので、リサーチや台本作り、キャスティングなどはお手のもの。エンタメ分野で培ったノウハウを実写VR開発に注ぎ込んでいるのです。
同社は2018年、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 メディカル カンパニーと共同で、「医療研修VR」を開発。これをきっかけに医療分野向けのVRに事業をシフトし、医療従事者の教育を目的とした医療VRプラットフォーム「JOLLYGOOD+(ジョリーグッドプラス)」、そして患者の治療をサポートする「ヘルスケアVR」を事業の二本柱として展開し、今に至ります。
今回、紹介した大塚製薬株式会社との共同事業である「FACEDUO(フェイスデュオ)」の「ひきこもり家族支援VR」は後者、ヘルスケアVR事業の中のサービスということになります。
幅広いVRコンテンツで患者・医療現場のニーズに応える
ジョリーグッドの事業におけるひきこもり家族支援の位置づけを掘り下げると、他のサービスも含めた全体像が見えてきます。
ジョリーグッドは2022年10月から、ヘルスケアVR事業として大塚製薬と共同で、「FACEDUO」の提供を開始しました。大塚製薬は中枢神経系疾患の創薬を手掛けるなど精神科領域に豊富な知見をもつことで知られています。
「FACEDUO」は言わば、VRを活用したリカバリー支援のためのプラットフォームです。「ひきこもり家族支援VR」は、まさにこのプラットフォーム上の1シリーズとして開発されました。
他にも統合失調症の当事者がソーシャルスキルを学ぶための教材「ソーシャルスキルトレーニングVR」や、統合失調症や自閉スペクトラム症などの当事者に向けた「感情認知トレーニングVR」もあります。
例えば、「ひきこもり家族支援VR」を使ったご家族からの働きかけをきっかけに、社会に向けて一歩を踏み出したひきこもり当事者が、ソーシャルスキルトレーニングVRを使って、社会で生きていくためのコミュニケーションスキルを学ぶという使い方もできます。
佐々木さんは次のように語ります。
「ひきこもり当事者はうつ病などの精神疾患を患っている場合が多く、早期の治療介入が必要なケースも少なくありません。にもかかわらず精神疾患の症状やひきこもりに対する世間からの偏見や誤解があるため、本人はもちろん支援するご家族も相談機関への来所や医療機関の受診をためらうケースが多く、結果として支援や治療が大幅に遅れ、ひきこもりが長期化するという問題もあります。今回の『ひきこもり家族支援VR』をはじめ、私たちはVRやAIなどのテクノロジーを活用し、メンタルヘルスなど医療課題の解決に真摯に取り組んでいきます」
このサービスを利用し、少しでも多くの人が早期から適切なカウンセリングや治療を受けられるようになり、ひきこもりの解消に一石を投じてほしいと切に願います。
そして、VRと医療で新規事業を切り拓く、同社の今後の動向にも注目したいと思います。