
XRの技術進歩は著しく、仮想空間において、視覚や聴覚はかなりリアルに近いものになってきました。場合によってはコントローラーのフィードバックなどで触覚が再現されることもあります。
しかし、まだバーチャルとリアルとの大きな差を生み出しているのが、味覚や嗅覚といった感覚です。
それらを補うことで、より没入感の高いイマーシブなXR体験を実現しようという動きがあります。
ロリポップキャンディ型デバイスが「仮想味覚」を実現
革新的な研究を進めることで有名な香港城市大学に所属する、生物医学エンジニアとVR研究者による研究チームが、VRで「味覚」を再現するデバイスを開発し、アメリカ国立科学アカデミー(National Academy of Sciences / NAS)が発行する学術雑誌『PNAS』で発表しました。
特に興味深いのはデバイスの形状が「棒付きキャンディ型」であるということです。大きさは約8cm×3cm×1cm、重さは約15gで、ちょうど片手に収まるぐらいのロリポップキャンディサイズです。
持ち手の部分にリチウムイオンバッテリーが内蔵され、Bluetoothモジュールやマイクロコントローラー、各種電子機器が埋め込まれています。
研究チームは「アガロースヒドロゲル」という物質を味覚の再現に採用しました。ヒドロゲルは水分を含んだ柔らかいゼリー状の物質で、医療分野でよく利用される素材です。
キャンディ型のデバイスには9種類の味覚再現チャネルが用意されていて、VRデバイスからの通信によって各チャネルからフレーバー付きのヒドロゲルが放出される仕組みです。
味覚をさらにリアルにするため7種類の香料も採用されていて、適宜放出されます。そしてユーザーがヒドロゲルをペロリと口にすることで、味を感じることができるという仕組みになっています。
この棒付きキャンディデバイスを使えば、例えばゲームなどのVR空間での味覚が再現できるようになり、よりリアルなVR体験ができることになりそうです。
研究チームによると、このキャンディ型デバイスを味覚検査に応用したり、食品を販売するオンラインショップで食品の味見に使うなどの活用もできそうだとしています。
ただ、今のところヒドロゲルとフレーバーの量が限られているので、約1時間しか使用できないという制限があるとのこと。今後はさらなる改良を行ない、フレーバーの種類も増やしていく計画だといいます。
香りも仮想空間を彩る要素となる
イマーシブを追求するなら嗅覚も重要ということで、VR空間で花や食べ物の香りを楽しめるウェアラブルデバイスも開発されています。
こちらも前出の香港城市大学の研究チームによる研究で、研究成果は科学誌『Nature Communications』にて発表されています。
このデバイスには、匂いを発生させる小さなチップ「Odor Generators(OG)」が2基内蔵されています。デバイスを鼻の下に装着し、ワイヤレス信号に応じて匂いを放出するという仕組みです。
匂いの元は香料入りのパラフィンワックスで、これが熱せられることで香りが発生します。加熱されると1.44秒で香りが発生するほか、熱を調節して香りの強弱も指定できるとのこと。
このデバイスを鼻の下に装着してVRゲームをプレイしたりVR動画を鑑賞したりしていて、特定の場面で特定の匂いがする、なんて使われ方が想定されているようです。

さらに研究チームは、9種類のOGが搭載されたマスクタイプのモデルも開発し、より複雑な匂い体験も実現したといいます。
テストではパイナップルやグレープ、レモン、イチゴ、ドリアンといった果物や、紅茶や牛乳、コーヒーといった飲料、そしてパンケーキや白米といった食べ物などなど、計30種類もの香りを再現できたとのことです。
香りといえば、OVR Technology社がVR用嗅覚プラットフォーム「ION 3」をCES 2023で発表し、話題になりました。
ION 3は香りカートリッジを内蔵しており、最大で数千もの香りを再現するウェアラブルデバイスです。XRデバイスと連動することでゲームや動画と連動した「デジタルな香り」を楽しめるといいます。
同社の計画では、自分の好みの香水の匂いを登録しておくことで、ION 3を装着した他のユーザーに自分の香りをアピールすることを考えているといいます。
これにより、メタバース空間のアバターに「香り」をまとわせ、他のユーザーに自分をより強く印象づけることができるといいます。
株式会社アロマジョインという日本企業も同様の製品を手がけています、据え置き型の「Aroma Shooter 2」「Aroma Shooter 3」は、特定の香りをアプリを介して空中に噴射し、香りの体験をヴァーチャルに実現する製品です。
首に装着するタイプの「Aroma Shooter Wearable 2」も開発中で、キックスターターを介して販売する予定のようです。こちらは「XR体験を向上させるために設計された香り制御デバイス」で、リリースされたら同製品を活用するゲームやコンテンツも登場するかもしれません。
味覚・嗅覚の再現により究極の没入感が得られる
「味覚」「嗅覚」をリアルに再現するデバイスが登場すれば、前述しているようにVR体験がより豊かになることが予想できます。
ゲームや動画コンテンツでは、例えば主人公が食べている食事の味を共有できたり、その場所の匂いを感じられたりすることで、エンターテインメント性がより深化することになるでしょう。
教育やトレーニングといった分野では、調理シミュレーションで味見までできるようになるかもしれません。

ほかにも、観光地を紹介するVR体験コンテンツでは、その土地特有の香りを再現したり、名産品の味を感じられたりといったこともできるかもしれません。リラクゼーションプログラムでは、アロマの香りによる癒し効果を得たりすることもできるでしょう。
究極の没入感をもたらしそうな、味と香りのVR技術。今後もその動向を追っていきたいと思います。