VRヘッドセットベンダーの老舗・HTCが2024年9月4日にX(旧Twitter)の公式アカウントで同社の新製品を近日発売すると発表し、同社のYouTubeチャンネルに「匂わせ動画」が投稿されると、一時、ファンがザワつく事態となりました。
さて一体、何があったのでしょうか?
HTCの新製品「VIVE Focus Vision」とは
HTCが公式XおよびYouTubeで告知したのは「A Peek at What's Coming From HTC VIVE」というタイトルの動画でした。同社の新製品を匂わせるその動画にユーザーは大きく注目、期待が集まりました。
そんな予告動画にあったとおり、同社は2024年9月18日に新製品となるXRヘッドセット「VIVE Focus Vision」を発表。すでに国内でも販売が始まっています。公式サイトでの直販価格は2024年11月現在16万9,000円(アメリカ価格は999ドル)です。
VIVE Focus Visionは、企業向け、ハイエンドゲーマー向けとされるハイスペックなXRヘッドセットです。プロセッサにはXRデバイス用SoC「Snapdragon XR2」(詳細は後述)を採用。ディスプレイ解像度は両目4,896×2,448ピクセルの5K解像度で、リフレッシュレートは90Hzに対応。
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「アイトラッキング」機能により視線による操作が可能で、それに伴う「自動IPD調整機能」によってレンズと瞳孔の距離が自動的に最適な状態に調整されます。
バッテリーを内蔵しているので、「スタンドアロンモード」が基本的な利用スタイルですが、「DisplayPortモード」ではPCとケーブル接続して利用することもできます。
スタンドアロンモードとは、ヘッドセット単体、ワイヤレスで各種コンテンツを利用できるモードです。Wi-Fiでデータ通信し、本体にインストールしたアプリでゲームをプレイしたり動画を楽しんだりできます。
一方でDisplayPortモードは「有線ストリーミングキット」を使用してPCのグラフィックカードとVIVE Focus Visionを有線接続し、高画質でかつ低遅延のデータ転送によってPCで実行しているゲームや動画コンテンツを楽しむことができます。
VIVE Focus Visionが「Snapdragon XR2」を採用した理由を推測
VIVE Focus Visionが搭載するプロセッサ「Snapdragon XR2」は、Qualcommが開発した「SoC」で、XRデバイス向けに開発されました。SoC(System on a Chip)とは、いくつかの機能を1つの半導体に統合したチップです。
CPU、GPU、メモリコントローラー、通信機能、サウンド機能などなど、本来であれば別々のチップが担っていた機能を1つのチップにまとめることで、デバイスをコンパクトにして消費電力を抑えて効率的に動作できます。
具体的には、高性能な処理能力のCPU、AI処理機能、最大7台のカメラを同時にサポートする視覚機能、360度の音響サポート、Wi-Fiおよび5Gネットワークへの対応、最大8K対応のグラフィック処理能力などを備えています。
Snapdragon XR2は2020年に発売され、「Meta Quest 2」「Pico 4」などのXRデバイスに採用されてきました。また、VIVE Focus Vision の前モデルである「VIVE Focus 3」にも採用されています。
発表から若干の年数が経っていて後継製品である「Snapdragon XR2+ Gen 1」「Snapdragon XR2 Gen 2」も登場しているにもかかわらずSnapdragon XR2が採用されたのは、企画から開発までの期間が影響しているのはもちろんでしょうが、Snapdragon XR2が現在でも十分な機能を備えるSoCであるからでしょう。
さらに言うなら、VIVE Focus Visionはスタンドアロンでの使用とともに、有線ストリーミングキットを使ってPCと接続して利用できる仕様であるところも1つのポイントです。
スタンドアロンでプレイできるゲームなどのコンテンツについては、VIVE Focus Visionの基本的なスペックが前モデルと同等であるため変わらず快適にプレイでき、これまでのVIVEシリーズの専用コンテンツといった資産をそのまま利用できます。
一方で、VIVE Focus Visionの新機能であるDisplayPortモードを活用することで、接続したPCの有する強力なグラフィック処理能力、演算処理能力を存分に利用しながらVRゲームタイトルをプレイしたり、ビジネス向けのVRアプリを利用したりできることになります。しかも、DisplayPortの端子は120MHzに対応し、非常に高速なリフレッシュレートを実現しています。
後述しますが、VIVEシリーズはもともとPCに対応した高性能なヘッドマウントディスプレイとしてユーザーから支持されてきました。そういう意味でVIVE Focus Visionはそこまでスタンドアロン機能の強化を重視しなかったのかもしれません。
VRゴーグルの「老舗」・HTCの復権なるか?
今回、VIVE Focus Visionを発表したことで、活況のXRデバイス市場の中でも「老舗」とされるHTCが再注目されています。
HTCは台湾を拠点にする企業で、正式には「HTC Corporation」、漢字では「宏達国際電子股份有限公司」と表記されます。1997年の設立で古くからモバイルデバイスの開発・製造を手がけてきました。
モバイルデバイスの中でも、スマホの開発の先駆けともいえる存在で、GoogleがAndroidを発表すると、2008年に世界初のAndroidスマホ「HTC Dream」を開発し、アメリカで「T-Mobile G1」として発売しています。
その後も数多くのAndroidスマホやタブレットを手がけていて、日本においても各キャリアにスマホ端末を提供してきました。
そんなHTCは、XRデバイスの開発においてもパイオニアといえる存在です。2016年に同社が発売した「HTC VIVE」は、PC接続型のVRヘッドセットでした。「VR元年」とも言われた2016年には、いくつかのメーカーから一般ユーザー向けにVRヘッドセットが販売されました。
その中でHTCは、ゲーム配信プラットフォーム「Steam」とタッグを組んでHTC VIVEを開発し、「ベースステーション」と呼ばれるセンサーを配置することでプレイヤーのゲーム没入感を高めることに成功。大きな人気を博しました。
同社はその後も多くのVRヘッドセットを開発、発売してきましたが、2021年に「VIVE Focus 3」を発売して以降は長く沈黙が続いていたのでした。
そこに今回、待望の新機種であるVIVE Focus Visionが発表されました。Appleの「Apple Vision Pro」やMetaの「Meta Quest 3/3S」、同じくMetaの「Orion(コードネーム)」などがXRデバイス市場を賑わしている中で、老舗であるHTCの動向を気にしているユーザー、ファンも少なくなかったでしょう。
そしてVIVE Focus Visionは、スタンドアロンで利用できるデバイスではありますが、長年のファンからすれば実質的に、PCと有線接続して重量級の処理をPCに任せ、ゲームをプレイしたりXR空間でのビジネスに活用したりすることこそが本機の真骨頂と思われます。
特にPCの処理能力を存分に活かしてハイスペックなVRゲームを堪能したいユーザーにとっては、Meta Quest 3/3SやApple Vision Proではなく、真っ先にVIVE Focus Visionが選択肢になるはずです。
ここ数年でXRデバイスに興味をもったユーザーにとって、HTCはあまり馴染みがないかもしれませんが、このVIVE Focus Visionの登場で今後のXRデバイスシーンに大きな影響を与える存在になるかもしれません。